片岡球子日本画 版画の販売
作品一覧
プロフィール
片岡球子
Tamako Kataoka
1905年~2008年。
北海道札幌市出身。
型破りな構成と大胆な色使いを特徴とする日本画家。
その強烈な個性が生み出す圧倒的なエネルギーこそが、作品最大の魅力である。
文化功労者、文化勲章受章、勲三等端宝章受章。
女子美術専門学校を卒業後、院展で初入選を果たしてからは独自の道を切り拓き、愛知県立芸術大学で長年教鞭を執るなど後進の育成にも尽力。
1976年に勲三等瑞宝章を受章したほか、1986年には文化功労者、さらに3年後には女性日本画家として史上3人目となる文化勲章を受章し、日本の美術界に大きな足跡を残した。
歴史上の人物の内面を描いた「面構(つらがまえ)」や、
力強い自然の生命力を表現した「富士山」シリーズは代表作として、現在も国内外の美術館に広く所蔵されている。
オリジナル版画について
1964年の日本美術家連盟「年末の助け合い展」のために制作した「水仙」を起点に、球子自身が石版に描いたオリジナル版画を生涯で116点制作した。
版画作品でも多くの力強く美しい富士山を描いており、日本画を原画とした複製版画や遺族監修作品も多数存在している。
贋作問題について
かつて画商による贋作版画の制作・販売という事件が発覚しました。
これを受けて東京美術倶楽部では、問題のあった一部の版画について鑑定が実施されています。
バーバリーアートスペースでは、真贋保証の真作のみを取り扱っております。
【在庫一覧】片岡球子 作品の購入方法
弊社では、オリジナル版画や新復刻画、また原画もお取り扱いしております。
原画については、片岡球子先生の代表とする力強く迫力のある富士山の原画作品(紙本彩色)、花をモチーフにした原画作品(紙本彩色)などがございます。
また光栄なことに版元として版画作品の制作にも携わらせていただきました。
片岡球子の在庫一覧
原画・一点物のお取り扱いについて
希少性の高い片岡球子先生の原画作品につきましては、HPへの掲載を控えさせていただく場合が多いです。
サイト未掲載の在庫状況の確認や、入荷待ちのご要望につきましては、個別にご案内を承っております。
新入荷作品の中には、掲載しきれない未公開作品もございますので、お探しの作品がある場合はお問い合わせくださいませ。最新の販売価格や在庫状況、具体的な購入方法についてのご相談は、各作品ページのからお気軽にお申し付けください。
現在の市場相場に基づき、具体的なお値段、お支払い方法に関するご相談もLINEやメールにて随時承っております。
「この作品を探している」といったご相談も承っております。
安心の保証とコンディション
・真作(本物)保証: 全ての作品は真作(本物)保証となっております。
ご希望がございましたら、弊社の保証書の発行も可能です。
また、原画(一点物)の作品につきましては、鑑定書付きでご案内いたします。
・状態: 額装状態、作品状態は各作品ページにて記載しております。
基本的には綺麗な作品を掲載しておりますが、何かあればお値段のご案内時にご説明いたします。
・額装: 作品に合わせた最適な額装をしたうえで納品可能です。
届いてすぐに飾っていただけます。
生い立ち
1905年に北海道で生まれ、女子美術専門学校(現在:女子美術大学)に入学し、日本画科高等科で日本画を学ぶ。
日本画家:吉村忠夫に師事。
美大卒業後は結婚をするか、画家としての道を歩むか、人生の岐路に立つが日本画家の道を選択。
横浜で小学校教師として働きながら、制作活動に没頭した。
その後帝展で3度落選するが、1930年の日本画公募展である日本美術院展覧会(通称:院展)で「枇杷」が初入選を果たす。
作品「枇杷」は 今で言う片岡球子らしい独特な作風というよりも、
伝統的な日本画技法を使用し、つややかな緑葉や枇杷の繊細な色がとても美しい名作。
その後も院展や、日本美術院試作展、横浜美術館協会展など何度も入選を重ねる。
1939年の院展では二曲一隻「緑陰」が入選し、院友に推挙。
緑のブドウ棚のもとに、模様やデザインの色彩が豊かな衣類を纏う4人の少女が描かれる作品。
人物画を描く際に独特な模様や色彩を使って服装を描くのは、その後の作品でも変わらず見られる特徴の一つである。
1946年には日本画家:安田靫彦に入門し、さらに活躍。
また50歳の時、女子美術大学にて日本画科専任講師として勤めはじめ、
その後は助教授(1960年~)、教授(1965年~)となり後進の育成にも力を入れる。
さらに愛知県立芸術大学でも日本画科主任教授を務めた。
シリーズ作品
シリーズ「火山」は、”片岡球子日本画展 海”(1961年)をはじめとして火山を題材とした作品を発表。
日本国内の火山に取材旅行で訪れ、次第に富士へと焦点が当てられていくようになる。
さらに、1966年からシリーズ「面構」を手掛け始め、その後99歳まで続く。
室町幕府初代将軍の足利尊氏や、戦国武将たち、浮世絵師である葛飾北斎など歴史上の人物たちを描いた。
その独自の目線、解釈で描かれた作品は現在でも高く評価されている。
オリジナル版画
1964年の日本美術家連盟”年末の助け合い展”のために制作した「水仙」から始まる。
オリジナル版画は全て片岡球子自身が石版に描き、生涯で116点もの作品を制作した。
この頃シリーズ「火山」に着手していたこともあり、版画作品でも多くの力強く美しい富士山を生み出した。
また日本画を原画とした複製版画も手掛け、遺族監修作品も多数存在している。
展示会など
大型の展示会としては、画業70年を祝して名古屋で片岡球子展(1991年)。
横浜美術館にて初期~近年の大作50余点を展示、片岡球子の全貌を紹介する 片岡球子の全像展(2000年)。
また白寿記念 片岡球子展(2004年)を主要都市で開催するなどしている。
一部でその画風を「ゲテモノ」とまで呼ばれて思い悩むが、小林古径に「今のあなたの絵はゲテモノに違いないが、ゲテモノと本物は紙一重の差だ。 (中略)あなたの絵を
絶対に変えてはいけない」と励まされ、自らの信念に従った創作を続けた。
球子は「美しく描くことが全てではない」と信じ、大胆で力強い作品を作り続け従来の日本画の常識を変える作品を残した。
年譜
1905年 北海道札幌市 生まれ。
1926年 女子美術専門学校(現在は女子美術大学)日本画科高等科を卒業する。
1930年 日本画公募展である日本美術院展覧会(通称:院展)で「枇杷」が初入選。
1935年 日本美術院絵画部 試作展にて「炬燵」が、入選 試作賞を受賞する。
1938年 日本美術院絵画部研究会員研究会にて「寒空」が大観賞第一賞を受賞する。
1939年 日本美術院絵画部研究会にて「新緑」が大観賞第二賞を受賞し、院展にて「緑陰」が入選する。また日本美術院 院友に推挙される。
1942年 日本美術院絵画部研究会にて「祈祷の僧」が大観賞を受賞する。
1946年 院展にて「夏」が日本美術院賞を受賞する。安田靫彦に入門。
1948年 院展にて「室内」が日本美術院賞を受賞する。
1950年 院展にて「剃髪」が日本美術院賞、白寿賞を受賞する。
1951年 院展にて「行楽」が奨励賞、白寿賞を受賞する。
1952年 院展にて「美術部にて」が日本美術院賞、大観賞を受賞。
日本美術院同人に推挙される。
1955年 女子美術大学にて日本画科専任講師となる。
1960年 女子美術大学にて日本画科 助教授となる。
1961年 院展にて「渇仰」が文部省買上げ作品となる。芸術選奨 文部大臣賞を受賞する。
日本美術院評議員に推される。
1965年 神奈川県立近代美術館賞を受賞する。
女子美術大学 日本画科 教授となる。
1966年 「面構(つらがまえ)」シリーズを発表する。
愛知県立芸術学校の日本画家主任教授として、開校から務める。
1975年 院展にて「面構鳥文斎栄之」で日本芸術院恩賜賞を受賞する。
1976年 勲三等端宝章を賜る。
1981年 日本美術院理事に就任。
1982年 日本芸術院会員となる。
1986年 文化功労者となる。
1989年 文化勲章を受章する。
1992年 凱旋門近くにあったパリ三越エトワール(現在は閉店)にて、片岡球子展が開催される。
2008年 ご逝去。 (享年103歳)
他に多くの取扱作家がございます。
取扱作家一覧はこちらから。
どんな事でもお気軽にお問い合わせください!
お電話でお問い合わせ
03-5820-8240株式会社バーバリーアートスペース
〒103-0004
東京都中央区東日本橋2-1-6 岩田屋ビル2階
TEL 03-5820-8240 / FAX 03-5820-8241
東京都公安委員会古物商許可 第306629702079
























.png)
.png)




